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サタンの生き方から神さまの生き方へ。

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能登半島地震の政府の対応が、助ける気が全くなくて酷すぎると思います。

ボランティアの炊き出しがなかったら、被災者は未だにまともな食事が取れていなかったでしょう。

そう思わせるほどに酷いものでした。



芸能人やNPO等によるボランティア活動には当初賛美両論ありましたが、政府の対応が後手後手過ぎて、そういった声もかき消されてしまった感じです。

寒くて凍えている時に暖かい場所と食べ物を提供してくれる人を、どうして何もしない人が批判出来るでしょう。

聖書にもこうあります。

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(ヤコブの手紙2:14~16)

わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っているという者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。

もし、兄弟あるいは姉妹が、着る物もなく、その日の食べ物にも事欠いているとき、

あなたがたのだれかが、彼らに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹するまで食べなさい」と言うだけで、体に必要なものを何一つ与えないなら、何の役に立つでしょう。

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個人的にすごいと思ったのが、断水した牧場に岡山や岩手という遠方から何トンもの水を運んできた方たち。

お金も時間も労力もかかるし、おいそれと出来ることではありません。

日本人は他人に冷たいと思っていましたが、まだこういう方がいらっしゃることは朗報ですね。

誰でも困っている人を見たら手を差し伸べたくなるものです。

募金したり、スーパーで被災地の産物が売っていたら買ってあげたり、自分が出来る範囲で何かしたいと思う人たち。

誰かのために何かしたいという強い思いがある人たち。

相手に喜んでもらいただけで、見返りは求めない。

それは私たちが神にかたどられて、神に似せて作られたからではないでしょうか。

私たちには神様と同じような性質があるのです。
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神様はここで、私たちは猫なのに犬のように生きるから苦しいのだ、本来の生き方から外れているから苦しいのだ、と教えてくださっています。

私たちは神様のように利他的に生きるように作られました。

なのに、どうやったら成功できるのか、どうやったら注目されるのか、仕事で認められて出世できるのか、と自分のことばかり考えて生きてきたのです。

サタンの思想に染まってしまった社会ではそうせざるを得ませんでした。

「偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです」(ガラテヤ人5:20~21)

成功するにはこういった人間になることも時に必要だ、と洗脳されてきました。

でないと負け組に振り分けられてしまい、落ちこぼれて人生が詰んでしまうと。

本当にゾッとしますね。

でも、神様に感謝します、社会は段々と変わってきています。

バブルの頃は、ボランティアは暇人のお遊びのように言われていましたが(定着していなかったのもありますが)、今そんなことを言う人はいなくなりました。

お金では買えないものに価値を置く社会になってきていると感じます。

サタン的なものから、より神様的なものに価値を置く社会に変わってきていると思います。

「これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません」(ガラテヤ人5:22~23)

私もこのような性質を身に付けたいともがいています。

今まで植え付けられてきたサタン的な性質を徹底的に無くしていきたいと思います。

サタンのように生きて幸せになれるはずがないからです。

人間は神様のように生きて初めて幸せになれるのです。

こちらがその生き方を教えてくれる唯一のサイトになります。


有料ですが(一か月800円)、導入部分は無料で読めます。

古い自分を捨てて、新しく生まれ変わりたい方にぜひ読んでいただきたいです。

タイトルや無料箇所を読むだけでも、脳内が一新されると思います。


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