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イスラム教徒との付き合い方

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日本に住む外国人の数は年々増えているそうです。

私の地元にもハラル食材、韓国、ベトナム、フィリピン、そして勿論中国の食品を売るお店が知らぬ間に出来ていました。

政府が移民を促進しているから今後もきっと増えていくのでしょうね。

そのうち我が町にもモスクが建つかもしれません…。

というのは、これから日本に働きに来るインドネシア人が増えるかもしれないからです。


インドネシアはイスラム大国なので、やって来る大半がムスリムになると思われます。

イスラム教徒、というと日本人には少し厄介な存在に映りますが、実際は穏やかで親切な人が多いです。

特にインドネシア人そういう人が多いです。

ただ、やはり習慣の違いがあるので意見の相違が出てくることは避けられません。

そういった時の彼らは強固になります。

イスラムの知識が無く、事を丸く治めたい日本人には論破しづらい相手になります。

既に静岡ではインドネシア人主婦がハラル給食を、宮城では研修生たちが土葬を地元に要求していると聞きました。

日本人は「郷に入っては郷に従え」と思っているから、こういうことをするとかえって印象を悪くしてしまうのにな、と残念に思いました。

解決策はあるのに何でこんな主張をするのでしょうか。

自分達の子どもの為に他の子ども達が犠牲になるのは仕方ないとでも言うのでしょうか。

豚肉やみりんを使った料理を好きな子は沢山いますよね。

その点について彼らがどう考えているのか、ぜひ聞いてみたいです。

イスラムでは非イスラム圏で手に入らないものは無理に守らなくても良いとなっています。

渡航先でハラルが無かったら守らなくても問題ありません。

豚肉しか食べる物がなかったら食べても良いのです。

なので給食がハラルでなければお弁当で対応すれば良いし、実際にそうしている人は沢山います。

日本においてはムスリムの我儘でしかない、ハラル給食はこれからも通らないことを祈ります。

そしてムスリムの土葬の件ですが、既に日本に可能な墓地が10か所あるのでこれで十分でしょう。

何故なら数十年経って骨が土に還った墓地は、骨を綺麗に取り除いて再利用するからです。

そうしないと土地がいくつあっても足りないですからね。

墓地が遠方にあるため移動にお金がかかるので近くに墓地が欲しい、という声もあるそうですが

しかしお金がかかるのは日本人も同じです。日本人なら日本での埋葬に一切お金がかからないとでも思っているのでしょうか。

お金がかかるなら同胞のムスリムに頼ってくださいと。

そのためにモスクには募金箱が置かれているのではないでしょうか。

呼びかければすぐに必要以上のお金が集まるはずです。

そのことについてはこちらの記事に書いてある通りです。


日本人はそんな彼らにどうしても「郷に入っては郷に従え」と言いたくなってしまいます。

ここは日本なのだから日本のやり方に従えと。

けれど残念ながらこれは言うだけムダなのです。

何故なら彼らが従うのは「郷」ではなく「アッラー」だからです。

いくら日本人が「ここは日本だ」と言っても彼らには通じません。

彼らには人間の掟よりも神の掟の方が大事なのです。

これはクリスチャンも同じです。

『人間に従うより神に従わなければならないのです。』(使徒言行録5章29節)

ここが、日本人には理解できないところです。

でも政府が推進する”国際化”が進み、外国人移住者が増える中で、日本人もいつまでも分からないではいられませんい。

井の中の蛙でいてはいけません。

もっと宗教についての知恵を付けなければ、ムスリムとの件でも分かる通り、相手側にこちらの無知に付け込まれてしまいます。

だから宗教に対して目を閉じずにいて欲しいのです。

「郷に入っては郷に従え」というのは村社会・村八分的な思考です。

なぜならこの言葉の後には「…でなければここから出ていけ」が続くからです。

このような閉鎖的な思考回路から抜け出して欲しいのです。

世界に目を向ければ、宗教が生活の中心にある国は幾つもあるのです。

例えば、ドイツでは安息日というキリスト教の教えに基づいて日曜日はお店がお休みになります。

イスラム圏では集団礼拝の金曜日が休日です。

祝祭日も海外では宗教に関連したお休みばかりです。

日本のように海の休日、山の休日なんてありません。

日本人の価値観と海外の価値観は違うのです。

だから海外の人には「郷に入っては郷に従え」ではなく、

「When in Rome, do as the Romans do(ローマではローマ人のようにしなさい)」

と言ったほうが良いと思います。

前者は相手に全部自分達に合わせろ、と強要しているように聞こえますが、

後者は表だけ合わせておけばいいよ、という示唆があるので、相手も受け入れやすいと思います。

後者のほうが知恵があるとは思いませんか。

これぞ究極のライフハックだと思うのですが、どうでしょう。

とにかく、日本人には早くこの村社会マインドから抜け出して欲しいです。

これからは同じ言うなら「郷に入っては~」ではなく、「日本では日本人のようにして下さい」にしてみませんか。

こちらのほうがまだましだと思います。


4世紀のミラノ司教聖アンブロジウスに帰せられるラテン語の成句sī fueris Rōmae, Rōmanō vīvitō mōre; sī fueris alibī, vīvitō sīcut ibī(ローマにありてはローマ人の如く生き、その他にありては彼の者の如く生きよ)の英訳から。』


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